東京国立近代美術館 「片岡珠子展」


ここ数日東京は雨が続きましたが、昨日あたりから気温が上がり春酣でございますねぇ〜。
近くの中学校の梨の木は白い花を咲かせ、林檎の木は蕾を膨らませ、北の丸公園は木々の葉が柔らかに芽吹いています。


ほんなら私は日本酒「春酣」でこの春を愛でましょうかね。塩竃浦霞の季節限定のお酒でござりまする。吟醸のフルーティーさは押さえられたきりっとしたお味でおます。

















さて、「片岡珠子展」。なかなか見応えがありました。珠子さんは1905年(明治38年)に札幌で生まれ 2008年(平成20年)103歳でお亡くなりになりました。今年は生誕110年との記念展。昭和〜平成に活躍した日本画家です。女子美術専門学校(現・女子美術大学日本画科卒業を卒業後横浜の小学校で教鞭をとりながら創作に励みます。
日展に何度も出品をしますが落選続き。











しかし1930年、第17回 院展に「枇杷」で初入選。28歳ですね。その後も日展院展に出品しますが落選を経験し「落選の神様」と呼ばれるほど。この頃はまだまだ日本画の雰囲気は十分ありますが、だんだん画風は鮮烈な色彩と大胆なデフォルメされた形、力強い筆のタッチに変化していきます。
ポスターは足利尊氏の面構ですが、珠子さんは尊氏の人となりを研究し、今この現在に存在したならばこういうお顔ではと想像を膨らませ、珠子さんの尊氏が完成するのです。







1956年 「初夏」です。私はこれが好きでした。色遣いが楽しいし、ぽつんと立つ女性も愛嬌があるし。














1964年 「伊豆風景」。山や木々は模様になってますよ。雅楽や歌舞伎、そして浮世絵と興味はどんどん画風に影響していきます。雅楽を描くに当たっては装束を丁寧に描いています。この作品の木々の模様もその影響かなと思ったりします。またクリムトをも想像しますね。
この絵も好きです。いっぱいの色遣いでこころウキウキしてきます。






















面構シリーズより「歌川国貞と四世鶴屋南北」1982年。浮世絵師と歌舞伎狂言の作者です。
どっちが誰なのかしら? どうも右が南北さんっぽいかな。
歌舞伎役者も多く描いています。








1983年、球子さんは78歳にして「ポーズ」と題して裸婦を描きます。この裸婦は「ポーズ2」。1984年の作品で背景は描かれていますが、だんだん裸婦だけになります。もたれるように浮かんでいるように体だけを描くようになります。

この展覧会にはスケッチも沢山展示されていましたが、その線のしっかりして上手いこと。それらのスケッチにも感銘を受けました。
大胆な色遣い。デフォルメのその画風は「ゲテモノ」と陰口を言われますが、小林古径は「今のあなたの絵はゲテモノに違いないが、ゲテモノと本物は紙一重の差だ… あなたの絵を絶対に変えてはいけない…」と励ましたそうです。その言葉にどんなに救われたことでしょうか。自分の信念を貫き通した珠子さん。力強さをいただきました。

この展示会に限ってかもしれませんが、大きな作品ばかりでした。小品はあまり描いていないのでしょうか。その辺は勉強不足で分かりませんが、やはり日展院展に出品するために大作を描いたのですかしらね。やはり昔「落選の神様」と揶揄された怨念か(笑)
夫はだんだん院展に出すための意図が構図にありありと見て取れると感想を持ったようです。

※写真は購入した絵葉書をスキャンしました