滋賀へ


10/20は1人で淀屋橋。かねてより訪れてみたかった湯木美術館へ。創設者は湯木貞一、日本料理の名料亭「吉兆」の創業者です。茶道にも目覚め当時の数寄者であった小林一三らと知り合い茶人への道を歩みます。その収集した名品を展示してある美術館です。今回の展示テーマは「吉兆庵光悦会の茶道具」。光悦会とは本阿弥光悦の遺徳をしのぶ茶会で1915年に三井松風庵を会長にして発足しました。当時の関西の数寄者の蒼々たるメンバーが名を連ねます。そして現在へも続き東京、京都、大阪、名古屋、金沢の美術商が世話役にあたり茶会を開いています。






10/21は長男と滋賀の野洲(やす)に住む姪のY子ちゃんを訪ねました。長男より3〜4歳上で幼い頃より息子がY子姉ちゃんと慕っていた姪です。結婚当初より野洲に住み24年、しっかり根付いて生活しています。言葉も名古屋弁から関西弁へと。彼女と会うのは冠婚葬祭の時しか無くゆっくり話すこともなく過ぎていましたが今回はそれを取り戻すかのごとくおしゃべりに花が咲きました。いい歳の取り方をしているのは顔を見れば分かります。叔母としてはそれは嬉しいことです。


Y子ちゃんが案内してくれたのは近江八幡市安土町にある「教林坊」。605年に聖徳太子が創建し、太子が林の中で教えを説いたことが寺の名の由来です。竹林の中、急勾配の道(短いです)を上がればそこはこれぞ、わびさびの世界。





巨石を配置した池泉回遊式の庭園は桃山様式を象徴しています。現在の庭は小堀遠州の作と伝えられ、一時期は廃寺になった時代もあったとのこと。







白州正子も数度訪れ紀行「かくれ里」で「麓の石寺という部落は、世捨人のような風情のある村で、かつては観音正寺の末寺が三十以上もあり、繁栄を極めたというが、現在は教林坊というささやかな寺が一つ残っているだけである。」と紹介しています。
紅葉の時期にはそれは見事な朱一色の庭園となることでしょう。