近江の美仏巡り 二日目

 二日目の朝、今日も秋晴れの良い天気。東近江八日市駅舎です。滋賀に入っての移動はバスでしたので電車は乗りませんでしたが、ホテルは駅横。かわいい駅なので記念に一枚。

今日一番に訪れるお寺は東近江市五個層にあります石馬寺(いしばじ)。聖徳太子由来のお寺です。70年ぶりに御開帳の十一面千手観世音菩薩立像(秘仏:一代の住職が生涯一度だけ御開帳)にご対面です。その有り難さをこの私は感じることができるや否や???
まず到着して石馬寺由来の池「石馬の池」を観ます。石となった太子の忠馬が今なお太子の帰りを待っているんだそうですよ。真ん中に見えるのが石です。


そして300強の乱れ石積みの階段「かんのん坂」。昔の僧や行者が信仰を求めて登った古道。ここから修行が始まるのでしょうか。今は手すりがついているので助かりましたが、みんなでゆっくり休み休みなので20分近くかかりました。お仲間は90歳近くの方のいらっしゃいましたが全員無事登頂(?)。





さて70年ぶり御開帳の秘仏重要文化財であります
・御本尊 「十一面千手観世音菩薩立像」(鎌倉時代
・脇侍  「地蔵菩薩立像」(平安時代)「毘沙門天立像」(鎌倉時代) 
小さくて黒くて遠くてよく見えず、有り難さを感じるまでに至りませんでした。
中日新聞の記事から大体の大きさが分かると思います。
www.chunichi.co.jp

その他に阿弥陀如来座像(平安時代)・役行者(えんのぎょうじゃ)大菩薩腰掛像(鎌倉時代)など拝見。
ishibaji.jp


石馬寺の本堂。1400年前に聖徳太子建立。しかし1568年織田信長軍に焼かれ、豊臣秀吉が天下を取ると寺領等没収されましたが、1603年徳川氏により復興したということです。戦火から仏像等を守るため僧や村人たちが地中に埋め隠し、今に伝わっています。
僧兵の存在があるとはいえ、日本の歴史に欠かせない聖徳太子縁の寺を焼いてしまうなんて信長は、やはりちょっといやだいぶおかしい武将だと思います。


次はこちらも聖徳太子建立の寺「瓦屋禅寺」。こちらへは道路が細いためバスは上がれず、タクシーで分散して行きました。
聖徳太子がこの寺の山中の土を用いて瓦を108,000枚ほど造らせて、摂津(大阪)四天王寺建立の際にその瓦を用いたのが寺名の由来とされてます。なかなかに境内は広いです。

こちらの50年ぶりの御開帳は秘仏「十一面千手千眼観世音菩薩立像」。こちらは身の丈160.5cmの等身大で堂内も戸を開けてあり明るくて見やすかったです。
www.kawarayaji.com


昼食を挟んで最後の寺甲賀にあります「櫟野寺(らくやじ)」へ。
本堂です。


日本最大坐仏十一面観音菩薩がご本尊。
www.fdi.ne.jp


他にも大きな仏像が並んでいました。
さすがにここに来て仏像めぐりも疲れてきてお腹いっぱい。しかも大きい。

これで二日の旅は終了。初めてのツアーによる仏像巡り。詳しい方たちから色々教えてもらって勉強させてもらいました。(個人の見解の差によるかもしれませんが)先輩いわく、ただ秘仏だからといって優れているものとは限りませんよ。今回は最初の向源寺の「十一面観音立像」が一番良かったと。やはり国宝たる所以でしょうか。
私も今後こんな機会に巡り合って知識を増やしていけたらと思いました。